公文国語の弊害は? 思考力と知識の暗記に課題があります

公文 国語

 公文式は特徴的な教材です。そのメリットが多くある一方で、どのような弊害があるのかという点も親としてはチェックしなければなりません。

 公文国語の弊害として挙げられるポイントは大きく2つあります。今回はその2つのポイントと対応について解説していきます。

思考力や応用力が伸びにくい

 1つ目の弊害は思考力や応用力が伸びにくいというものです。

 公文では授業が基本的になく、プリントの例題を見て、似たような問題をひたすら解いていく形式をとります。また初見で分からなかった問題についても、繰り返し解けるようになるまで繰り返します。

 すると正確に速く文章が読めるようになりますが、思考力を求められる問題に対応する力が伸びにくいと言われます。

 もう少し掘り下げましょう。

 公文国語では読解力が付きます。また普段読まないような古い名作や評論文を読む事になるので、多くの教養が身に付きます。教養は思考のためのベースになるので、結果として深い思考が可能になる側面もあります。その意味では思考力は身に付きます。

 身に付きにくいと言われている思考力とは、読解力や教養を使って思考を組み立てる力です。思考に使える武器は公文で多く習得できますが、武器を使って戦う力は公文の範疇の外にあると言えます。

 またこの学習方法では、ある程度「考え込むより手を動かす」というスタンスが有効になります。何回間違えても、繰り返し問題を解き、最終的に全問正解できれば次へ進めるからです。しかし思考力を鍛えるためには、答えの分からない状態で粘り強く考え続ける事が重要になってきます。これは公文で求められるスタンスとは逆ですから、思考力を鍛える必要が出てきた際には、全く別のスタンスを身に付ける必要が出てきます。

 思考力や応用力は昨今の流れではより重視されるようになり、特に中学受験ではかなり重視される傾向があるように思います。ここに公文国語だけで立ち向かうのは難しさがあると思います。

知識面では不足のある分野も

 知識面の習得が必ずしも十分だとは言えない部分もあります。

 公文に十分な効果のある知識分野もあります。漢字です。特に小学生向けの漢字であれば、学習過程にある全ての漢字が扱われます。中学受験をする家で、公文の国語に期待する程の効果を得られなかったという家でも、漢字には一定の効果を認める場合が多いです。

 しかし公文の国語は読解力の向上をテーマとしており、知識は読解に必要な部分を身に付けようというニュアンスがあります。

 最もそのニュアンスが色濃く出るのは古文・漢文です。公文の国語ではJ教材以降で古文と漢文を扱いますが、単語や文法の暗記をするパートはありません。最初から原文と現代語訳か批評文がセットで出てくるので、原文の単語や文法をそこまで正確に解釈する必要がないからです。

 また漢字についても、受験対策として十分な知識を得るにはもう一歩の学習が必要です。学習過程の範囲の漢字は全て扱っても、扱う内容の深さの面で少し不足があるからです。熟語や部首、対義語・類義語のような読み書き以上の概念については、部分的には扱いますが、十分だとは言えません。

 ただし読解に使うための知識習得なので、ただ知識を暗記するだけよりは身に付く度合いが高い部分もあります。試験で点を取るための部分に不足があっても、読んだ事のある漢字なので、意味が分かるという段階までは進む事ができます。古文・漢文についても、訳文付きとはいえ原文を目にしているので、読解の際に大まかなニュアンスが理解できるようになります。

 そのため追加で知識を覚えなければならない場合も、思った程の負担にならない部分はあるでしょう。ただし知識問題で点数を取ろうと考えた時に、公文国語だけで十分だとは言えません。

「マイナスになる」ではなく「プラスが少ない」

 公文国語の弊害としてよく挙げられる2点について解説しました。

 ただし注意しなければならないのは、これらは公文をやった事が「マイナスになる」類のものではない事です。

 思考力にせよ知識にせよ、公文では足りない部分がある事には違いありません。受験やテストで点数を取るには、追加で必要な要素を身に付ける必要があります。答えの分からない問題を粘り強く考え続ける力であったり、漢字に対するより深い知識であったりを身に付けなければなりません。

 しかしこれらは公文の国語で失われる要素ではありません。

 どんな試験でも、単に学年別の学習過程を学べばいいというわけではなく、出題者の意図によって特定の意図が出ます。学校の定期試験であれば授業で強調された所が出やすいですし、中学受験であれば思考力が重視されます。私立文系の試験であればより細かい知識の暗記が求められますし、東大であれば速く正確な読解が必要かもしれません。こうした各試験特有の要素というのは、試験の直前に特別な対策が必要です。

 公文は何かの試験に向けた特別な対策を提供してくれるものではありません。しかしその手前の基礎をしっかり固める力になってくれます。効果が間接的であるために、この点を見逃すと公文の弊害が目立つ結果を招いてしまいます。

 公文の国語を受講するのであれば、公文では足りないものをどう埋めるのか考えた方がいいかもしれません。

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